連城三紀彦の短編集「戻り川心中」は大好きな1冊である。
この短編集には表題作の他に「藤の香」「桔梗の宿」「桐の柩」「白蓮の寺」が収録されており、いずれも大正末期から昭和初期を舞台にした日本的情緒豊かなミステリーで、「花葬シリーズ」と銘打たれている。
初期の作品を含めて何冊かは読んだのだが、あまりにこの時代設定のものが素晴らしいというか私好みだったので、現代を舞台にしたものは今ひとつ好きになれず、今手元に残っているのはこの1冊だけである。

大正歌壇の寵児・苑田岳葉は二度の心中未遂事件で二人の女を死なせ、情死行のさまを二大傑作歌集に結実させたのち自害する。
女たちを死に追いやってまで岳葉が求めたものとは?(カバー紹介文)

岳葉の友人である男が、岳葉の残した歌集を手がかりに生前の足取りを追っていくうちに、この天才歌人に隠された驚くべき秘密に思い至る。彼が本当に欲していたものは一体何だったのか。
岳葉と女たち~歌の師匠の妻、芸術に無理解な妻、最初の心中相手の資産家令嬢、二度目の心中相手でカフェの女給~彼女たちとの関係を軸に、岳葉のエゴイスティックな生き方が浮き彫りにされていく。
この歌人のモデルは太宰治ではないかと思われる。

この短編小説は「もどり川」の題名で神代辰巳監督によって映画化されている(1983年)。
筋書きは原作にかなり忠実に作られていたように記憶しているが、男女の愛欲や岳葉の放蕩生活の描写がクローズ・アップされており(神代監督だから当然か)、小説の持つしっとりとした情感や岳葉の屈折した人物像は感じられず、好きではない。
太宰治を髣髴させる岳葉を萩原健一が演じたのは完全にミス・キャスト。彼が演じると線が太く、テンションが高過ぎてエキセントリックさだけが前面に出てしまった。自害の場面も美しくないっ!
原作では令嬢の文緒とだけはプラトニックな関係だったが、映画では絡みの場面があり、これでは文緒の持つ処女性ゆえの悲劇が薄まってしまうではないか。ここは絶対に変えてはいけないところであり、とても好きな小説だけに残念だった。

この作品は田村正和の主演で、映画より先にTVでもドラマ化されていた。
「芝居絵にも出てきそうな色白で端正な容貌・・・・」という岳葉の描写は田村正和のイメージに合っていた。今だったら、誰に演じてもらうとピッタリかなぁ・・・・と楽しい妄想。
原作と異なり老境に差し掛かった岳葉のもとに若い女性編集者が訪れ、取材を重ねるにつれて若き日の心中事件の真相に迫っていく・・・・というスリリングな展開だった。
話を膨らませ過ぎた感じもしたが、TV版の方が映画よりもずっと原作の趣に近く、謎解きも楽しませてくれた。