イギリスの女流探偵小説作家クリスチアナ・ブランドの作品を初めて読んだ。
謎解きもさることながら、空爆にさらされた第二次世界大戦下の英国という設定が興味深かった。

「緑は危険/Green for Danger」(1943年)
ケント州のヘロンズ・パーク陸軍病院には、第二次世界大戦の戦火を浴びた負傷者が次々と運び込まれてくる。大腿部骨折の郵便配達夫ヒギンズもその一人だった。三人の練達の医師のもとで、ヒギンズの手術はすぐにも終わるかに思えた。が、患者は喘ぎだし、しだいに呼吸が速くなった。ヒギンズは死んだ。殺されていたのだ!かくも奇妙な場所で、なぜ一介の郵便配達夫が死を迎えねばならなかったのか?
(カバー紹介文より引用)

読む前に知っておくと、この小説を理解しやすくなる幾つかのこと。

◆小説の時代背景と場所

小説の舞台はケント州にある陸軍病院。ケント州は上記の地図の赤い点線で囲まれた地域で、ドーバー海峡を隔ててヨーロッパ大陸に最も近い。
この小説が発表されたのは1943年で、第二次世界大戦中の英国の暮らしがうかがえる。1940年から1941年にかけてのドイツとの英国本土航空戦(Battle of Britain)では、ケントの空軍基地が重要な役割を果たしたという。この攻防戦を経てドイツはイギリス侵攻を諦め、東部戦線(対ソビエト)に注力するよう方向転換する。ただし、戦争終結まで英国本土への小規模な空襲は続いた。


できれば事前に、小説の歴史的背景や舞台となる地域のことを多少でも知っておいた方がイメージしやすい。

そして、この小説を読んで初めて知った「ホウ・ホウ卿」(Lord Haw-Haw)の名前。第二次世界大戦時ドイツに帰化し、ドイツからイギリスに向けて降伏を促すプロパガンダ放送を行ったウィリアム・ジョイスの通称だそうだ。


 

以下、感想。
結末に触れているので、未読の方はご注意ください。

失敗するはずのない手術中に患者が亡くなり、殺人の可能性があるという設定は「チームバチスタの栄光」を思い出した。
当初の容疑者は7人、そのうちの一人も殺されるので、6人に絞られるが、いろいろとミスリードされて結局犯人はわからなかった。

犯人の動機が今ひとつピンと来なかった。
コックリル警部が犯人について、「犯人は、一つのことにかんしてはいわゆる固定観念というやつを持っているらしいが、それ以外のすべてのことについてはまったく常人だ」と言っている。つまり、母親の死に対して復讐しようとしていたその一点で狂っていたのだ。犯人の動機が強固な思い込みからくるものだったという点に不満を感じてしまったが、当時の社会的な状況を考えると、それも有りかと思う。空爆が日常になっている中で、誰もが精神のどこかを麻痺させていないと自分を保てないような状態だったと想像できる。「爆撃のない晩のほうがずっと爆撃が恐いんです。きてしまえば、それでもうなんともないんですけど、始まるのをいまかいまかと待っているのは不安でたまらない」というウッズの台詞が印象的だった。
犯人は空爆による母親の死に対しての罪悪感が強く、もともと共依存的な親子関係だった様子だし、最後まで母親の呪縛から逃れられなかったということだろう。犯人の強烈な思い込みで復讐の対象にされた被害者こそ迷惑な話だが、戦時下の空襲にさらされた地域という特殊な設定だからこそ可能になった舞台設定と動機である。
タイトルは、手術に使用する気体の入った円筒の色を指していたようだ。

コックリル警部が容疑者たちを心理的に追い詰めていくところは、物証が無いからということもあるが、なかなか意地悪い。中盤で犯人の目星はつけているのに、終わりまで引っ張らないといけないから読んでいてもどかしい。

会話の中で「可愛いニグロの老紳士」とか「ニグロの子供のような縮れ毛」といった表現が出てくるのは今ならNGだし、コックリル警部が見舞いに行った病室で煙草を吸うのもちょっと驚きだった。

最初の登場人物たちの紹介部分を読み直すと、特にウッズの描写に納得がいく。オーストリア(当時はナチス・ドイツ統治下)に手紙を出していること、自分が犯したわけでもない罪の償い云々という部分など。

最後の場面は冒頭と同じ場所で終わる。クリスチアナ・ブランドの作品はまだこれしか読んでないが、登場人物たちに寄り添うでもなく突き放すでもなく一定の距離を置いて冷静に見ているような印象を持った。