400字ドラマ 女ひとり「切符」

―――火星行きの切符が二枚あるんだけど・・・・・。
彼がその少女に遭遇したのは、TV曲の廊下でだった。化粧っ気のない顔に何やら妖気がある。四月バカが、と無視するには美しすぎる。彼をSF作家と知っての悪戯か。
―――いくらだい?
―――お金はいいの。一緒に行って下さる?
こんな可愛い子ちゃん相手なら、例え地獄行きだって・・・・彼はうなずいた。
―――ついて来て下さい。
エレベーターで屋上に上がった。火星行きのロケットが待っている風でもない。
―――本当に行って下さるのね?
―――もちろん。でもどうして僕を・・・・・。
―――あなたじゃなきゃいけないの!
少女の瞳から涙がポロリと落ちた。仰天する彼に、少女は古びた写真を二枚突きつけた。
―――これが切符よ。
一枚には彼が、別れた昔の女と写っている。もう一枚には女と少女。
―――あなたを恨み抜いて死にました。姉の所へ行きましょう!!
同時に彼は抱きつかれていた。重心を失って、二人の体は屋上から宙に舞った。

 


【制作メモ】
「実録不良少女・姦」などで大胆に青春を描く藤田監督が、百恵ちゃんを主役に何を書くか。所属するホリ・プロダクションも「あの監督は天才型だからね」と心配だったようだ。事実、前日に打ち合わせた台本を急に「あれはボツ」と連絡してくる。設定も筋も完全に違う作品を次々に書き上げてくる。この「切符」が完成したのは、撮影開始の一時間前。現場に駆けつけた愛弟子・上垣助監督が、原稿を百恵ちゃんにやっと手渡して「徹夜で書き上げたようですよ」

確か朝日新聞の日曜版だったと記憶しているが、毎週違った脚本家と女優の組み合わせでショートストーリー「400字ドラマ」が掲載されていた。
おそらく1977年頃の記事だと思うが、後に映画「天使を誘惑」(1979年)で、再び藤田敏八監督と組んでいる。